「父と本」


専門職だった父の部屋は、三方の書架に本が詰まっている。
弟も私も専門分野が違うので 持ち主を失った父の本は、我が家では宝の持ち腐れである。
そのうち父を師匠と呼んでくれる方にお譲りすることになるだろう。

けれど今も父の存在感があり、父がそばにいるような気がするのは、子供の頃から見慣れた本の山がまだ部屋にあるからだと思う。父の書架は、父の真面目さ、知性、厳粛さの象徴である。
この家に帰ってきて書架が空っぽなのを想像するのは怖い。

本好きの父は、同じく本好きに育った私に惜しみなく本を買い与えてくれた。
買い物に出ると、私たちは必ず本屋に寄った。家に帰ってすぐに買ってもらった本を読み始め、そのまま数時間読み続けて読み終える私に 「あれ、もう読み終えてしまったの?」 と、ちょっとあきれて ちょっと嬉しそうに言ったものだ。
実家を離れても、アメリカに渡っても、私が 「この新刊が読みたい」 と言えば、すぐに買って送ってくれた。

父が入院したら、今度は私が父の要望を聞いて本を買った。プライベートで読むのは もっぱら海外ものの推理小説だった。昔は週に三、四冊は読んでいたらしい。前回の入院時には、いろいろな本を頼まれた。

今回、かなり衰弱している父に 「何か欲しい物はある?何か買ってこようか?」 と聞いても何も欲しがらなかったが、「読みたい本はないの?」 と聞くと 「ジェフリー・アーチャーの新刊が出ている」 と言う。頭脳明晰な父が題名を思い出せないのを見て、私は異変を感じた。けれど、次の日に題名を言ってくれた時はほっとした。
すぐに買ってきたのに、父にはもう本を読む体力はなかった。が、枕元に置くとすごく嬉しそうだった。看護師に点滴の調整をされながら私と会話し、「短編集だね」 と意外な様子。そのまま数日置いてあったが、「この本は家に置いといて」 と言う。父が本を読むことを諦めたことに傷つきながらも 平静を装って 「じゃあ私が読んどく」 と言うと、少し笑って頷いた。
私はいつか、この本を読めるだろうか。まだわからない。思い出が重いこの本を、私はずっと取って置くことだろう。

父と本はあまりにも似合っていた。子供の頃、青年の頃を知っている親戚も、父が本を読んでいる姿しか印象にないと言う。
読書とコーヒーとフラメンコ音楽を愛した父。「謹厳実直な紳士でした」と同職の方が言って下さったけれど、娘から見てもそうだった。
父の娘であることを誇りに思う。



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         父への土産に持ってきたフォトフレーム、結局 渡せませんでした。
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by kyono_soramoyo | 2008-07-02 20:36 | 身辺雑記 / Personal

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